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【血脈[極卒]】 ずくずくと鼓膜のすぐ傍で自身の鼓動が轟いている。 酷く喧しい。 僕は心臓に唾を吐きかけてやりたい思いだった。 敵弾を喰らった右腿は手当を済ませ、真白な包帯にきつく縛られている。 被弾時の様は凄惨で、派手に噴き出した血が止まるまで随分要した。 血の止まった今も、身体中の全神経がその一点に集中しているのが分かる。 そしてまた、その一点から全身に向かって鼓動が伝播していくようにも感じる。 まるで傷口が心臓になったかのようだ。 傷がもたらす高熱に僕は唸されていた。 全身に血の流れる感覚は次第に強くなる。 歪めた顔で掌を見詰めた。 血管が網目を為して掌中に走っている。 その血管の一本一本が、今、僕の全身を揺すぶるほど大きく脈打っている。 無意識の生命活動を不愉快に思う。 ――死に損ないめ。 くたばってしまえ。 手首にもう片方の手で爪を立てると、掻き痕から血が薄く滲み出た。 * * * その晩、夢を見た。 いつか死に別れた兄の姿だった。 彼は赤い軍服がとてもよく似合っていた。 そして彼は心臓に被弾し、盛大な赤い華を散らせて死んだのだった。 生前と同じ、端正で美しい兄の姿がそこにあって、まるで赤い毛糸のセーターでも解くかのように、するすると細い糸になってゆく。 それはよく見ると血管なのであった。 人体には無数の血管が蔓延っているという。 不思議なアラベスクを描いた兄の赤い糸は、気付くと脚を傷めてへたり込む僕の膝の上に、まるで上等のレースの膝掛けのようにふわりと舞い降りた。 一見すると恐ろしく気味の悪い光景であるが、僕には酷く神秘的に感じられた。 兄のアラベスクは、穴の開いた右腿を庇い、守るように僕を包んでいた。 血の温もりが僕に囁く。 「生きろ」、と。 * * * 目が覚めた時はまだ真夜中で、辺りは闇に沈んでいた。 不思議と急激に熱が引いたらしい。頭が冴々としている。 暗がりに、先程引っ掻いた自分の手首が白く浮かび上がって見えた。 僕は掻き傷に今一度爪を立ててみた。 止まっていた血が再び薄く滲む。 少し舐めると、兄の姿が胸に浮かんだ。 嗚呼、此処に兄と分けた血が流れているのだ。 兄への愛慕の涙が溢れる中、僕は強く「生きたい」と思った。 09.7.2 重要なお知らせ@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
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