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【Prologue［Madotsuki＋Secom］】 来たことの無い場所だった。 埃っぽい地下資料室のような部屋を抜けたら、そこは何故か宇宙船の中だった。 一体私はいつの間に宇宙へ…？ そんな少女の疑問も弾き飛ばすような興味の対象が、そこには居た。 （尤も、疑問を抱いたところで、「それは夢だから」という一言で片付いてしまうのだけど。） 眩しいほどに真白な船内、その中央に据えられた巨大なシンセサイザー。 彼はまるでそのシンセサイザーで宇宙船を操縦しているとでもいった体で、その前に立っていた。 細身の長身。 黒い髪と全身黒い服が、この白い空間に映えている。 遠目に見る限りではまだ若い青年のように感じられる。 「こんにちは」 少女が控えめの声量で声を掛ける。 その声に黒い青年が振り向いた。 青年、と呼んでいいものだろうか。 振り向いたその姿からは年齢も感情も読み取れない。 この空間に溶けてしまうかと思うほどの白い肌。 全体の顔立ちは端正だが、彼の双眸を見て少女はたじろいだ。 銀灰色を帯びた白目、その中に浮かぶ黒曜石を思わせる瞳は、二つが互いに全くちぐはぐな方を向いていた。 体はこちらを向いているのに、瞳はまるで少女を捉えていないように見える。 妙な雰囲気を持った人だ。 いや、姿こそ似ているが、ひょっとしたら人でさえないのかもしれない。 しかし彼からは危険な敵意や禍々しい狂気は感じられなかった。 本能的な部分が、彼が敵ではないと言っている。 「こんにちは。私、窓付き」 窓付きと名乗る少女が改めて挨拶をする。 振り向いただけの先程と変わり、彼が口を開いた。 「―・ｰ ｰ・」 発せられたそれは、声というより“音”だった。 目の前のシンセサイザーが奏でているのではないかと錯覚するような電子音。 およそ人が発するとは思えない“音”を聞き、彼とはきっと言葉が通じないのだ、と窓付きは察した。 と同時に、暗い感情が胸に滲み出す。 （この世界の人たちは誰も私の言葉を聞いてくれない。 違う、この世界だけではない。 どの世界でも私は一人だ。） 私の言葉を、私の存在を受け入れてくれない世界… 思考はやがて鋭さを増し、別の感情へと変わってゆく。 敵意――彼からは感じられなかったそれを、今、少女は彼に向けて突き付けようとしていた。 暗い衝動が少女の脳裏に包丁のイメージをちらつかせる。 ――その時、船内に ボエーン、と奇妙な音がこだました。 目の前の男がシンセサイザーの鍵盤を一つ弾いたのだ。 そして音の余韻が消えた頃、窓付きを振り返り、 「―・‥ｰ ｰ・―」 不思議な声で何かを言った。 …そう、“音”ではない、確かに“声”だった。 それは窓付きに向かって 「綺麗な音でしょう？」 そう言っているように聞こえた。 不意打ちの出来事にあっけにとられていた少女の耳にも、確かにその“声”は届いていた。 ふっ、と少女は強ばった表情を崩し、 「変な音」 と言って笑った。 いつの間にか包丁の形をした暗い衝動も、すっかり影を潜めていた。 「ねぇ、また来てもいい？」 少女の問いに、ちぐはぐな瞳を持つ優しい男性は小さく頷いた。 「…それから私、貴方のことをこう呼んでもいいかな？」 …その日から、少女と「先生」の不思議な関係が始まった。 09.03.29 重要なお知らせ@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
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